アインシュタイン宇宙のあらゆる現象を一つの理論で統一を試みたが、失敗した。その原因は自らの相対性理論にあった。元々宇宙は原因であり、結果であり、一元である。故に、宙に遍満するエネルギーは、究極の実在であるから、宇宙の始源に於いては、宇宙に遍満する“エネルギー”の、他に何者も存在しない。故に、宇宙意識が何かを創造するに当たっては、宇宙エネルギー自身の他にはいかなる原材料もないのであるから、宇宙意識が自らのエネルギー自身を原材料として、創造する外にはないのです。

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『諸王の神授権』 即ち人間の神性は 宇宙における彼の地位 (本来宇宙意識「神」に地位はない 何故なら 宇宙には『神の意識』しかないからです) から生ずる力を発揮することに在るのであって 他人を支配することではなく 万象を支配する法則(神の一人遊びのルール)の下に、 自分自身の王国の中で自分自身を支配することなのである 『一都市を略取する者よりも自分自身の魂を制する者こそが偉大である』 自内に於いて統治者であることが主の主たる所似である 主人は自分が主人であることを云い触らしはしない キリストは自分の神性を見せつけようとはせず 反ってすべての人々に 彼ら自身の神性をよく悟らしてあげようとしたのであった 人は非常に美しい景色を観れば それをキャンバスに描き度くなるものであるが その結果は只その写しでしかなく 実物とは全く比較にならない あなた達の場合も それと同じである 本物は美しい景色を表現している そのものの裡にあるのであって そこにこそあなた達は真我として 実存するのである 外側のものは写しにしかすぎず 五官を通じて外界に反応する心の技巧のために 真我がボヤけさせられているのである あなたたちの本質が 神我であることが 天によって知られているように あなたたちが自分自身の実態が 神我であることを明確に知った時 あなたたちは胸の中で 「事、成れり」 と云うようになるであろう しかし 残念にも分離と混迷とが あなたたちの中に その闇の王国を打ち立ててしまった 神とは 人間の姿を取った 『愛』 であることを知らねばならない 『愛』 が敗れることは決してなく 『愛』 はすべてのものを新たならしめる 石や岩までが神の創造の不思議さを現している 露の一滴々々が神の法則に従い その久遠なる目的を果たしているのである わが国の偉人達の生涯を辿ってみれば 彼らが如何にして実相界において既に完成しているものを 現象界に現れぬ前に受け取っていたかが解ります 即ち 潜在意識の奥深くに完成の道は既に存在していたのです 彼らは一切の制約感に煩わされることなく 実相の中に既に実存していたものを顕現することができたのであります 神即全体との分離意識が完全に無くなれば わたしたちは原理そのものとして立つことになるのであります 欠乏を立てるのではなく 神を立てればどうして欠乏し得る筈がありましょう 原理とは調和であり 明確な法則(複数)に従って流れるものです 人間はこれらの法則を学ばなければなりません 神性なるものとはすべてのもの すべての形あるものに宿る神のことです キリストとはこの内なる神性を実現する力のことです してみれば すべての人々の姿形や すべての形態の中にキリストが窺える道理です この事が実は イエスの最初の宣教の一つだったのです 私達は研究の途上でこの事を発見しました 『わたしはすべての人 すべての形あるものにキリストを観る 初めて地上に人の子が生まれた時が キリストの生まれた時である』のです 「神の英智」に至る道に入る資格ができたと感じるようになってから いわゆる偽我の克服をやろうなどと思ってはならぬ 今すぐ 光りの中に歩み入り 光りによっておのれのニセモノを焼き尽くすことである いろいろな自分の欠点 病気 望ましからざる状態を放下することである 光りに向え そうすればこれらの状態はもうなくなっているのである 愛は自由又は完全円満への回復剤であります 完全円満なるものは意識の中にのみしかないことが解ります 自分が接したことのない人については 何らの不完全感も自分の意識にはないものです ところが誰かと接触してみて その人に何らかの不完全な状態を認めた途端 こちらの意識にその不完全さが入り込んできます だから自分の心の中に元の完全な調和が回復するためには この様な意識状態は払拭しなければならないわけで それには愛のみが唯一の取るべき心構えであります 何故なら愛こそは普遍的溶剤だからです それはあらゆるものを神の宇宙計画の中における その本来の状態に回復してくれるものです この方法によってのみ人は自由となり かくしてのみ人は相手を又自由とならしめうるのであります ある一人の人間が壁の非常に狭い孔から人生を見てこう云います 『わたしは生命のすべてを見た』と ところが彼の目は岩だらけの丘に向かったのかも分からない 次の人は木だけを見 その次の人は動き廻っている動物だけを見たりする 生命という広漠たる宇宙を小さな孔だけから覗いたのでは 自分に見えたもの丈が全部だと 自己催眠し盲信するのに手間暇はかかりません もしこのような態度で終始しようとするのであれば それは誤りであり それはすでに生命ではなくなっています 宇宙が唯一無限生命の無限に多種多様なる具体化であり 表現であることをよくよく見定めることです そうすれば人々のヴィジョンは拡がり すべての生命を受け容れ 最早わたしたちを限るものはなくなるでしょう 唯一真生命の他に生きるべき生命 或は生き方があると心の中で思った時には もうわたしたちは完全に調和から外れてしまっています 問題は 常にわたしたちの心の持ち方にあるのです 元来人間は霊的には即ち 実相においては堕落したことも死んだこともないのであって 只自分で生命と調和しなくなった丈であり これが結局わたしたちのあらゆる災禍厄難となってくるわけです 生きる事が難渋となったとき それはすでに生命ではなくなっています 何かの不調和が出た程度だけ その人は真生命から外れているのであります わたしたちは自分の生きる生命 生活はすべてこれ神の生命 生活なり との純粋なる態度を取り 生命・生活を高揚する様に真生命そのものを生きるならば 真生命の全機を把握せずにはおれないものです 生命とはそれ自身を外に押し出して具象化しようとする 内なる力の一行程です それは一切の空間と 一切の形あるものとに 生気を与える宇宙の活動原理なのです

      
                
        すまれさ出が「答解」てっよに力るな裡のら自?かのな要必に当本は養供祖先きとたれら得がえ答のそ、てし求追を分自の実真し究探を理真ら自をみし苦み悩、なうよのそ汝るた我るれらおでん悩で養供祖先、てしそ汝るた我るいてれた持を問疑に生人 汝るた我るいてれさをしがさ分自在現 いさ下覧ごを"分自の革変"のジーペムーホ はとこのそ すでのたきで解理が味意のそ てっよにとこるす求探を"理真"ら自、てしそ たしまし中集みのに力努のめたる得を答解のそ?かのもるな何如はみし苦み悩すらたもに間人、で因原がとこなうよのそ?かのるあに処何は因原のそ?かのるこ起故何が事なうよのそ?かのな何体一はのもるす盾矛のそずら配を気はにとこの外以れそは我るた汝いた得を答解のそもてしうど、しかしたっかなきで解理はに私、の(六小歴学)頭スカンポ?かのな旨趣の・・・"ずら創を人に下の人、ずら創を人に上の人は天"がとこたし盾矛な様のそかのう合し殺が士同間人じ同故何は人、てしそ見偏や別差るいてし行横に的界世、にれそるいが人乏貧、ばれいが人な福裕るいが者害障、ばれいが者常健もでに処何中界世ばせ渡見を中の世、しかしるなにとこう言とだ等平なんみは人、はとこう言と・・・う言と 『 "ずら創を人に下の人、ずら創を人に上の人は天"』


変 革 の 自 分

『宇宙的転覆』 投稿者:bolivi- 投稿日:2010年10月23日(土)10時11分30秒 人間的考え方によって造られたあらゆるものを放下するのを拒むならば 『神の御意志=法則』 その進歩に介入して蓄積された彼らの自我的ヴァイブレーションが 彼ら自身に反射するがままにさせる するとあらゆる面において戦争や闘争・不調和や自然災害が起こって その種族又は国民は消されてしまう しかし 実は それも彼らを創造の新しい上昇過程におくためである かくして人間は人種の意識の始まる以前より 実存していた実在に新しく接触してやり直すことが出来る 今や文明は偉大なる再建の瞬間に速かに近づきつつある 今は基礎が安定しているように見えるものでも すべて遠からずして逆転の状態に置かれるでしよう 『真理』によって植え付けられてはいない 建物や樹木はすべて根こそぎにされよう 現在の社会・政治・経済・宗教・制度の完全な宇宙的転覆が近づきつつある それは現在の人類意識の出現以前に既に実存し 今猶実存するところのものに人類がより一層接近するように 新しき世紀を出現させる余地を造るでしよう 常に実在しつづけた意識を自分自身も又包蔵し それと同じ意識になれることを人間が悟るまで 注意深く愛と光に満ちた慈愛を以て真理は待ち続けるであろう 『差別と分離感』 投稿者:bolivi- 投稿日:2010年10月18日(月)21時30分38秒 人類の悩み苦しみの最大の根本原因は本来はない わたしたち人間の心がつくり出した分離感と差別である わたしが宇宙にはいかなる分離も差別もないと云えば 恐らくあなたたちにはその意味が十分には解りかねるであろう 分離信仰の中にのみ差別があり そのために分離を感ずるのである 従って あなたたちは分離を惹き起こすあらゆるものをよく見分けなければならない 差別を見ている時は分離の中に生きており 感覚人間として生きているのである 差別を観れば分離を感ずる これは大いなる迷いである 差別は心の産物である しかし あなたたちは神我(潜在意識)の中には何ら差別のないことに気づくであろう あなたたちの裡なる神我には差別や分離はないのである あなたたち一人々々そして全員の中にこの同一のみ霊が宿っている ある人が わたしに神の力が宿ったという 神の力が宿っていない人は何処にもいないのである この神の力が宿って始めてあなたたちには力があるのである 何故なら何ものもそれを攻撃することはできないからである 自分の生活において 今それを自覚し無礙自在となるがよい これが真理という自由 あなたたちを自由ならしめる真理である この真理は神の意識的な顕現である 彼はすべてのものを意識し創造力を自覚し 世界におけるありとしあらゆるものを意識し 一人々々り そしてすべての個人に内在する彼自身を意識しており 彼の中には何らの分離もない 彼のことを知る前にあなたたちは誤れる分離信仰 憎悪を生じさせる信仰 何ら基礎を置かぬ信仰を自分自身から除き去らなければならない 今の今あなたたちや わたし自身の中において働いておられる 唯一久遠の真理を把握するならば分離した信仰など持てるものではない それならあなたたちは自分の兄弟姉妹より 自分を引き離す信仰について行くことができるだろうか 自分自身でありながら自分の本質が解らないこの摩訶不思議な自分 人類が今生なさなければならないことは"自分"を知ることである 自分を知ったときすべてを知ることができる

講 話 集 科学に観る真理 文学に観る真理 御 伽 話

予 備 知 識

掲 示 板

電 光 掲 示 板

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『信仰とは』神や仏などを心の迷いなどを救う究極の拠(よ)り所として理屈を超えて信じること・・・と辞書には書いてあります理屈(世の多くの人が当然とする考え方)を超えて"信じる"ことつまり信じるとは理屈を超えて"知る"ことなのです知らずして何も信じる事は出来ませんあなたは何かを信じたいと思ってもその何かを知らずして信じることが出来るでしょうか?出来ないと思いますそしてあの手この手を尽くしてその何かを知ることが出来た時初めて心の奥底から信じることが出来るのではないでしょうか?しかしその何かを知るためにはあなた自身の『内的準備状態』『苦悩する能力』が その何かというもののレベルまで深められていなければなりません・・・最近 『自分さがし』 と言う言葉をよく耳にします自分さがしとは何でしょうか?それは本当の自分を 『知る』と言うことですあなたは自分でありながら自分のことが解らない?解らない自分で生きていてその何かを知ろうとしている姿があるのではないでしょうか?自分を知らずしてどうして何かを知ることが出来るのでしょうか?先ず本当の自分を知ることです本当の自分を知ったとき知るものも得るものも何もなかった全ては自分の 『裡』 にあったと言うことに気づきます何故ならばあなたはまだ宇宙がなかった以前から実在としてあったものだからです

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